創建当時の姿に復原されたJR東京駅


平成24年(2012年)、JR東京駅丸の内駅舎は創建当時の姿に復原された。
-東京駅の歴史-
明治22年(1889年)に東京府知事より告知された東京市区改正設計において、新橋・上野両停車場を結ぶ市内貫通高架線の建設が定められ、東京市中央に停車場を設置する旨の訓令が出されました。中央停車場の設計は、当初日本初の高架鉄道となった新橋~上野間の市街線の建設に携わった、二人のドイツの鉄道技師であH.ルムシュッテルとF.バルツァーによってすすめられていました。
そして、明治36年(1903年)には、日本銀行などを手がけ日本建築界の第一人者として地位を確立していた辰野金吾に依頼されました。辰野は、バルツァーの建物配置などの基本構想を躊躇しつつ、独自のスタイルで設計案をまとめました。中央停車場の建設は、日露戦争の影響や設計変更などにより具体化まで時間を要しましたが、明治41年(1908年)3月25日に着工、6年後の大正3年(1914年)12月20日、丸の内駅舎は日本の近代化を担う首都東京の中央停車場から「東京駅」と名称を改め、営業が開始されました。関東大震災の被害も特になく、昭和20年(1945年)5月の戦災で焼けるまでの31年間、首都東京のシンボルとしてその雄姿をとどめていました。
~TOKYO STATION GUIDE 東京駅の歴史より~
台風21号が去った翌日、抜けるような秋の空だったので、復原工事が竣工した東京駅を撮影してみた。東京駅丸の内駅舎保存・復原工事では中央部屋根に宮城県石巻市雄勝町産の天然スレートが使われました。被災地・石巻市雄勝町のスレートが東京駅の屋根に使われていることを思い出しながら撮影してみた。
※雄勝産の スレートは古生代二畳紀(約2億5千万年前)の地層から出る黒色の特殊な粘板岩であり、それは外国産の灰色のスレートよりも圧倒的に強度がある。

輝く
輝く

-輝く-
この石絵は東京駅舎に使用されている屋根材同様の雄勝産天然スレートを20㎝角に加工し1枚ずつ子供達が彩色した108枚を組み合わせ一つの大きな石絵にしたものです。富士山を照らす旭日は勇気の光、星は希望の輝きで大地を照らすこの作品は、被災から復興へ立ち上がる日本を象徴したものです。
-制作-

石巻市立 雄勝小学校 大須小学校 船越小学校 雄勝中学校 大須中学校
平成23年度在学全児童生徒
原画監修 雄勝石作家 齋藤玄昌實
雄勝石復興プロジェクト石絵教室実行委員会

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。