女川~金華山航路再開 (潮プランニング)

女川~金華山航路は平成25年5月3日より日曜日、祝日に限り運行を開始した。金華山は、島全体が黄金山神社の神域となっていて、「三年続けてお参りすれば一生お金に困ることはない」という言い伝えがあり、参拝客を集めている。今年は金華山黄金山神社は12年に一度の「巳(み)年御縁年大祭」が開催されている。女川から金華山への船旅は高速船ベガで約35分ほどで、高速船に乗って牡鹿半島や太平洋を眺めるだけでも楽しい船旅となる。※詳細・潮プランニング
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サン・ファン・バウティスタ号(石巻市サン・ファンパーク)

2011年3月11日の東日本大震災で石巻市月浦付近では大津波(6m)を受け、ドック棟が最大の被害を受けた。厚いガラスはほぼ全壊し、展示していたジオラマやマジックビジョンシアターなども壊滅した。幸いにも展望棟とサンファン・バウティスタ号は健在だったが、その後の4月27日の暴風雨の後で中央のメインマスト見張り台上部と、前方のフォアマストが折れ、現在修理中とのことである。工事完了は今年(平成25年)の秋頃の予定で、5月25日・26日に開催される第20回記念サン・ファン祭りは修復工事中と言うこともあり無料で開催される。
震災当時の状況 ※『第20回記念サン・ファン祭り』詳細.pdf

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エルファロ(女川町トレーラーハウス宿泊村)

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた女川町。2012年12月トレーラーハウスを活用した宿泊施設「El falo(エルファロ)」をオープンした。パステル調のとても可愛い宿泊施設です。故郷に帰っても殆どの住民は仮設住宅での不自由な生活をしていて、家族連れで帰っても泊まることが出来ない。人を受け入れるにも中々受け入れられない状況だったが、このトレーラーハウスはそんな不便さを解消してくれる便利な施設です。初めて泊まってみたが、中は結構広くて快適だった。本日は安倍晋三首相も女川を視察し、エルファロにも訪れ内部をご覧になっていった。益々の復興を期待したい。部屋のカラフルなルームナンバープレートには女川スペインタイルが使われている。
エルファロ

手打ちそば”てらっぱだげ”(雄勝町)

ここは宮城県石巻市雄勝の”てらっぱだげ”と言う手打ちそば店です。雄勝町は津波で近隣の女川町同様に壊滅的な被害を受けました。震災から一年半、ボランティアの協力で店を再開することが出来ました。お店はちょっとログハウスっぽくて暖炉がありとても素敵なお店です。蕎麦は外二の藪蕎麦と更科蕎麦がメインで、カリッとした天ぷらがとても美味しい天ざるそばでした。地産地消に拘りたいが、安定した調達はまだ難しく、自然薯や牡蠣、三陸の海の幸や、季節によって味わえる食材を、少しずつ追加していく予定だそうです。国道398号線・女川~石巻雄勝間ブルーラインのオアシスになればと語る店主、ほっと一息つけるお蕎麦屋さんです。
※予約により十割蕎麦も提供しているそうです。

天ざるそば


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※雄勝町は石巻市であり、女川町ではありません。

店名・手打ちそば てらっぱだげ
電話・0225-57-3222
住所・宮城県石巻市雄勝町雄勝字船戸神明10-10
営業時間・11:00~18:00頃(日没まで)
定休日・火曜・水曜席数18席 喫煙不可 駐車場10台

女川ブランド”女川フィッシュ”

3月23・24日、女川復幸祭に行って来た時に買って来た「女川フィッシュ」。震災後、ものづくりを通した経済的自立支援という観点から活動を始めているプロジェクトだ。海外から輸入した材料を使用し、天然素材のウッディーな感触と皮に”onagawa”の焼印がとてもお洒落なキーホルダーだ。使えば使うほど風合いがでて長く愛せる新たな女川ブランドとして女川復興の一助となって欲しいと思った。今回はWalnut(くるみ)とCherry(桜)を購入してみた。他にもOak(楢)、maple(楓)があり、デザインも色々あるようだ。
小さな復興プロジェクト

3/24 女川復幸祭にて
3/24 女川復幸祭にて
Walnut(胡桃)とCherry(桜)
Walnut(胡桃)とCherry(桜)

創建当時の姿に復原されたJR東京駅

平成24年(2012年)、JR東京駅丸の内駅舎は創建当時の姿に復原された。
-東京駅の歴史-
明治22年(1889年)に東京府知事より告知された東京市区改正設計において、新橋・上野両停車場を結ぶ市内貫通高架線の建設が定められ、東京市中央に停車場を設置する旨の訓令が出されました。中央停車場の設計は、当初日本初の高架鉄道となった新橋~上野間の市街線の建設に携わった、二人のドイツの鉄道技師であH.ルムシュッテルとF.バルツァーによってすすめられていました。
そして、明治36年(1903年)には、日本銀行などを手がけ日本建築界の第一人者として地位を確立していた辰野金吾に依頼されました。辰野は、バルツァーの建物配置などの基本構想を躊躇しつつ、独自のスタイルで設計案をまとめました。中央停車場の建設は、日露戦争の影響や設計変更などにより具体化まで時間を要しましたが、明治41年(1908年)3月25日に着工、6年後の大正3年(1914年)12月20日、丸の内駅舎は日本の近代化を担う首都東京の中央停車場から「東京駅」と名称を改め、営業が開始されました。関東大震災の被害も特になく、昭和20年(1945年)5月の戦災で焼けるまでの31年間、首都東京のシンボルとしてその雄姿をとどめていました。
~TOKYO STATION GUIDE 東京駅の歴史より~
台風21号が去った翌日、抜けるような秋の空だったので、復原工事が竣工した東京駅を撮影してみた。東京駅丸の内駅舎保存・復原工事では中央部屋根に宮城県石巻市雄勝町産の天然スレートが使われました。被災地・石巻市雄勝町のスレートが東京駅の屋根に使われていることを思い出しながら撮影してみた。
※雄勝産の スレートは古生代二畳紀(約2億5千万年前)の地層から出る黒色の特殊な粘板岩であり、それは外国産の灰色のスレートよりも圧倒的に強度がある。

輝く
輝く

-輝く-
この石絵は東京駅舎に使用されている屋根材同様の雄勝産天然スレートを20㎝角に加工し1枚ずつ子供達が彩色した108枚を組み合わせ一つの大きな石絵にしたものです。富士山を照らす旭日は勇気の光、星は希望の輝きで大地を照らすこの作品は、被災から復興へ立ち上がる日本を象徴したものです。
-制作-

石巻市立 雄勝小学校 大須小学校 船越小学校 雄勝中学校 大須中学校
平成23年度在学全児童生徒
原画監修 雄勝石作家 齋藤玄昌實
雄勝石復興プロジェクト石絵教室実行委員会

日比谷公園で「女川さんま収獲祭」

2012年10月20日、東京日比谷公園で「おながわ秋刀魚収獲祭」が開催された。このイベントは東日本大震災で発生した女川の膨大な瓦礫を東京都がいち早く受け入れて頂いたお礼に「感謝」を込め、女川サンマ6万匹を無料配布するというイベントです。会場には1300名のボランティアが運営に協力し、約21万人が訪れた。(朝日新聞)
当日は生サンマ10本入りの箱、焼きサンマ、女川汁の整理券を得るために朝早くから並び長蛇の行列が出来た。多分、日比谷公園で6万匹ものサンマが無料で配布されるというイベントは初めてのことだと思う。また、8000匹の焼きサンマの煙は途切れることなく、香ばしい香りが秋空に漂った。女川町も含め東北の被災地はまだまだ復興途上です。全国からの熱いご支援よろしくお願い申し上げます。
※当日は「女川潮太鼓」の皆さんの出演もありましたが、所用で遅れ撮影に間に合いませんでした。すみません!

女川太鼓連「まむし」in浜離宮

2012年9月29日、女川太鼓連「まむし」&(東京支部)が東京都「浜離宮恩賜庭園」で盛大に舞踊りました。このイベントは、「第29回・全国都市緑化TOKYO」の一環として、「現在(いま)に生きる伝統の風」をテーマに開催されました。
女川からは10月20日(土)の「おながわ秋刀魚収獲祭in日比谷」として日比谷公園で開催されるイベントに向けての熱気あふれる舞となりました。被災地・女川は未だ復興途上であり、全国からのご支援を受けなければなりません。女川太鼓連「まむし」はそんな大きな被害を受けた「女川をいつまでも忘れないで欲しい」と言うおもいで活躍されています。また、女川太鼓連には東京支部として神奈川、東京方面の方々が加わり、大きな支えとなっています。
台風17号が近づく東京・浜離宮恩師庭園の澄み切った空に、蛇頭の雄叫びが響き渡り、周りの空気も浄化されるような声がとても印象的でした。