おながわ秋刀魚収獲祭in日比谷


おながわ秋刀魚収獲祭in日比谷/浜離宮

2011年(平成23年)3月11日14時46分18秒に発生した東日本大震災は日本周辺における観測史上最大の地震でした。女川町では町民の10人に一人が亡くなり、建物の83%が無くなってしまいま した。荒れ狂う津波が引いた後に残ったのは膨大な瓦礫(被災財)の山でした。女川町はとても小さな町です。溜まった瓦礫はかつての居住区域に山積みするほかなく、町はまさに瓦礫の町と化してしまいました。そんな瓦礫撤去の受け入れをいち早く決断して頂いたのは東京都でした。今回の秋刀魚収穫祭はその東京都へ「感謝」を込め秋刀魚を無料配布するイベントです。

※イベントは 第29回全国都市緑化フェアTOKYOの一環として行われ、女川町としての参加は下記の二つの日程となっています。

9月29日(土)9:10~9:30  オープニングプログラム 女川太鼓連「まむし」獅子舞
その他、10:00~11:00 女川太鼓連「まむし」によるトークショウ
※当日は秋刀魚等の配布はございません。
※入園料:一般300円、65歳以上150円、都内小学生以下は無料。
※マップは<大手門口>「三百年の松」付近にてフェアーインフォスタッフが配布。
場所:浜離宮恩賜庭園 江戸文化・浜舞台  浜離宮恩賜庭園へのアクセス

10月20日(土)10:00~15:00    おながわ秋刀魚収獲祭in日比谷
                                   ※秋刀魚10t無料配布

場所:日比谷公園 噴水ステージ・小音楽堂 日比谷公園へのアクセス

おながわ秋刀魚収獲祭

「たげな新聞」秋号+特別版 第三号発行!

お待たせしました「たげな新聞」2012年9月秋号 第三号 発行!!
たげな(※女川町竹浦(たけのうら))の歩みと今がわかる、たげな新聞。
小さな浜の小さな歩み…。たげなもがんばってっちゃ~。
今回は特別版もあります!
※写真をクリックすると少し見易くなります。オリジナル版は.pdfを活用下さい。
情報提供:suzuki masakosuzuki masako    9月・秋号.pdf  9月・特別版.pdf
No.1
tagena_9_1No.2
tagena_9_2

特別版No.1
tagena_tokubetu_1特別版No.2
tagena_tokubetu_2

編集後記:津波で家も仕事も家族も奪われ、心身ともに疲れ果てている中で更に集団移転という重要な問題を抱え、益々地域住民が一つになって丁寧に議論し、山積みされた問題を解決していくことが重要だと感じました。
特別版は地域住民が力を合わせ復興に取り組む様子と回復して行く綺麗な海の様子や生物などの写真がとても素晴らしいと思いました。

女川希望の鐘商店街

女川町商店街復幸祭「希望の鐘を鳴らそう」をキャッチフレーズに2012年3月18日(日)オープンしました。当日は来れなかったので、お盆に寄ってみました。
一回りしてみると女川の懐かしいお店が立ち並んでいました。焼肉の「幸楽」で食べようと思いましたが、残念ながらまだ開店していなかった。

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女川町御前浜「熊野神社」

女川町御前浜の熊野神社です。この神社の位置するところは海抜25m程だと思う。
目の前には太平洋と出島が見え、左側には指ケ浜を一望できる。この山の裏側には
旧女川第三小学校(分校)がある。鉄筋コンクリートに建て替えられた校舎は津波にも耐え完全に残っていた。一時は御前浜の避難所となった。
鳥居付近からも海面が見え、あまり高い位置ではないことが分かる。
熊野神社(くまのじんじゃ)は、熊野三山の祭神の勧請を受けた神社である。同名または熊野社(くまのしゃ・ゆやしゃ・いやしゃ)・十二所神社(じゅうにそじんじゃ、じゅうにしょじんじゃ)など類似の社名の神社が全国各地にある。」 ウィキペディアより

 

前方に見えるのは出島・最北端の”毘沙門島”

女川”おちゃっこクラブ”

女川”おちゃっこクラブ”は女川町立病院がある小高い丘にあります。ここは女川湾を一望でき、近くには「東日本大震災の慰霊碑」もあります。あの津波はここにある病院の一階まで押し寄せ、数人の犠牲者も出ました。被災地・女川を訪れる方々を元気いっぱい迎えるのは女川のナイスガイこと岡さんです。女川太鼓連「まむし」を率いるサーファーでもあり、「女川の星」です。



女川町指ヶ浜「八雲神社」

女川町指ヶ浜の八雲神社です。東日本大震災の大津波にも耐え抜いた神社です。小さな浜の小さな神社ですが、とても美しい入母屋造の神社だと思います。一部向かって右側の石垣が崩れ狛犬が壊れていますが、本殿は健在でした。この神社が位置するところは海抜30mほどで、大津波は入り口の鳥居を全てのみこんだそうです。幸い鳥居も健在でした。

女川・三十三観音巡り(一番碑~五番碑)

文政七年(一八二四年)、独国和尚が「五穀豊穣、天下泰平」を祈願して建立した三十三基の観音碑。病気、天災、海難など、それぞれの観音碑が難を救済するといわれ、地元の信仰を広く集めてきました。石碑は尾根づたいに並び、その約1.8Kmの遊歩道が新しく整備され、平成四年に完成。豊かな自然に囲まれ、展望の美しさも加わり、歴史散歩の道として親しまれています。
※入口付近の「波切不動尊」は津波よりもその後の大雨で荒れているようです。山道は極めて良好である。途中、熊野神社に向かう道があり、近くには展望台もあった。
※三十三観音巡りは5pで構成されています。全編を閲覧するにはここから
独国和尚についての詳細
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※左には「おながわBook」による観音名を記載しました。現地看板の表記による。
右側には「女川町教育委員会」による観音名を記載しました。

一番碑・楊柳観音(ようりゅうかんのん)                如意輪観音
二番碑・龍頭観音(りゅうずかんのん)                聖観音
三番碑・持経観音(じきょうかんのん)                           馬頭観音
四番碑・円光観音(えんこうかんのん)               千手観音
五番碑・遊戯観音(ゆげかんのん)                 不空羂索観音

※それぞれの観音の由来は写真中の看板に説明書されています。

女川・三十三番観音(六番碑~十三番碑)

文政七年(一八二四年)、独国和尚が「五穀豊穣、天下泰平」を祈願して建立した三十三基の観音碑。病気、天災、海難など、それぞれの観音碑が難を救済するといわれ、地元の信仰を広く集めてきました。石碑は尾根づたいに並び、その約1.8Kmの遊歩道が新しく整備され、平成四年に完成。豊かな自然に囲まれ、展望の美しさも加わり、歴史散歩の道として親しまれています。
※入口付近の「波切不動尊」は津波よりもその後の大雨で荒れているようです。山道は極めて良好である。途中、熊野神社に向かう道があり、近くには展望台もあった。
※三十三観音巡りは5ページで構成されています。全編を閲覧するにはここから
独国和尚についての詳細
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※左には「おながわBook」による観音名を記載しました。現地看板の表記による。
右側には「女川町教育委員会」による観音名を記載しました。
六番碑・ 白衣観音(びゃくえかんのん)                     十一面観音
七番碑・蓮臥観音(れんがかんのん)                       如意輪観音
八番碑・滝見観音(たきみかんのん)                               聖観音
九番碑・施薬観音(せやくかんのん)                        十一面観音
十番碑・魚藍観音(ぎょらんかんのん)                    千手観音
十一番碑・徳王観音(とくおうかんのん)                   十一面観音
十二番碑・ 水月観音(すいげつかんのん)                  不空羂索観音
十三番碑・一葉観音(いちようかんのん)                    如意輪観音

※十二番碑・ 水月観音(不空羂索観音)は東日本大震災以降行方不明

女川・三十三観音巡り(十四番碑~二十一番碑)

文政七年(一八二四年文政七年(一八二四年)、独国和尚が「五穀豊穣、天下泰平」を祈願して建立した三十三基の観音碑。病気、天災、海難など、それぞれの観音碑が難を救済するといわれ、地元の信仰を広く集めてきました。石碑は尾根づたいに並び、その約1.8Kmの遊歩道が新しく整備され、平成四年に完成。豊かな自然に囲まれ、展望の美しさも加わり、歴史散歩の道として親しまれています。
※三十三観音巡りは5ページで構成されています。全編を閲覧するにはここから
独国和尚についての詳細
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※左には「おながわBook」による観音名を記載しました。現地看板の表記による。
右側には「女川町教育委員会」による観音名を記載しました。
十四番碑・青頸観音(しょうきょうかんのん)              如意輪観音
十五番碑・ 威徳観音(いとくかんのん)            聖観音
十六番碑・延命観音(えんめいかんのん)          不空羂索観音
十七番碑・衆宝観音(しゅうほうかんのん)          聖観音
十八番碑・岩戸観音(いわどかんのん)            如意輪観音
十九番碑・能静観音(のうじょうかんのん)                不空羂索観音
二十番碑・阿耨観音(あのくかんのん)          不空羂索観音
二十一番碑・阿縻提観音(あまだいかんのん)       十一面観音

今回の女川三十三観音巡りの目的は、ご先祖様の名前が刻まれている観音碑を探すことでした。現場では分からなかったのですが、自宅に帰って編集していると、二十一番碑(十一面観音)、左下に(指ヶ濱 兵吉)としっかり刻まれていました。
寄進者:指ヶ濱(兵吉)、竹浦(源十郎・源作)、真野村(助五郎)、女川村(喜三郎)
※上記の寄進者は二十一番碑の寄進者であり、他の観音碑には それぞれに寄進者が記録として残っている。※六番碑の寄進者は不明

女川・三十三観音巡り(二十二番碑~二十九番碑)

文政七年(一八二四年文政七年(一八二四年)、独国和尚が「五穀豊穣、天下泰平」を祈願して建立した三十三基の観音碑。病気、天災、海難など、それぞれの観音碑が難を救済するといわれ、地元の信仰を広く集めてきました。石碑は尾根づたいに並び、その約1.8Kmの遊歩道が新しく整備され、平成四年に完成。豊かな自然に囲まれ、展望の美しさも加わり、歴史散歩の道として親しまれています。
※三十三観音巡りは5ページで構成されています。全編を閲覧するにはここから
独国和尚についての詳細
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※左には「おながわBook」による観音名を記載しました。現地看板の表記による。
右側には「女川町教育委員会」による観音名を記載しました。
二十二番碑・葉衣観音(ようえかんのん)         聖観音
二十三番碑・瑠璃観音(るりかんのん)           千手観音
二十四番碑・多羅尊観音(たらそんかんのん)       不空羂索観音
二十五番碑・蛤蜊観音(こうりかんのん)          千手観音
二十六番碑・六時観音(ろくじかんのん)         千手観音
二十七番碑・普悲観音(ふひかんのん)           如意輪観音
二十八番碑・馬郎婦観音(ばろうふかんのん)        聖観音
二十九番碑・合掌観音(がっしょうかんのん)        不明