たげな新聞3月号発刊!

竹浦から…
今日だけは静かに、心穏やかに、祈りの時を浜で過ごします。
竹浦では、造成された高台に住宅再建がラッシュを迎えています。
たげな新聞で、竹浦の今をぜひ感じてください。        hiroko

女川・4/29竹浦祭り

4月29日・肌寒く、雨が降ったりちょっと晴れたり。
今年も多くの人が集い、にぎやかなお祭りとなりました。    hiroko

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今年は新たな試みとして、トラックでお神輿が集落をねり歩きました。
いつもより気持ちスピードアップ。早歩きで笛を吹くのがちょっと辛かった…。

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高崎市の「北原祭太鼓保存会」の皆さんが、竹浦のお祭りを盛り上げてくれました。
竹浦の住民がこんな間近で他の太鼓を鑑賞するなんて、滅多にない機会。
かつての女川みなと祭りの海上獅子舞では、
竹浦以外の獅子振りは見えていないような気がします^^
すばらしい演舞でした。

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熊本・大分のみなさんへ。義援金の募り、27,689円が集まりました。
女川町役場を介して、熊本大分へ届けられます。ご協力ありがとうございました。
ともに前へ。

今日の竹浦…2015.7.12

今日の竹浦…あっつい。   hiroko
2015.7.12_1 漁港はほぼ完成。

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高台移転南地区。

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南地区は土留めも始まり、いよいよって感じがします。

2015.7.12_4 木いちご。おいしかったです。黒いのも好きだけど^^

2015.7.12_5 なんだろう..これ。
神社の庭が侵食されてます。
神社の階段を上がってすぐの土に無数にあったこんなの。アリジゴク?とおもって枝を刺してみたけど何も出てこない。そういえばアリジゴクは山じゃない、谷。
じーーーーーっと待っていたら、ハチのようなハエのような虫が飛んできて穴の中に入っていきました。

2015.7.12_6おまけ。

女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~

今年も女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~が開催される。
2011年3月11日の大津波から二ヶ月後の2011年5月4日、女川高校グラウンドに於いて「おながわ復幸市」を皮切りとして、第一回目の「女川町商店街復幸祭2012」が2012年3月18日(日) に開催された。今年は二回目とあり内容も更に充実して来た。
女川の復興に賭ける関係者の皆さんの心意気が伝わってくる。
※今年は「津波伝承 女川復幸男」と言うユニークなイベントも企画されている。これも100年続けば貞観・慶長の大津波伝承と同じく、集落の民俗伝承となって語りつがれるイベントなり、記念すべき第一回目の「津波伝承 女川復幸男」が誕生する。
詳細:公式サイト・女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~
※写真をクリックで拡大出来ます。

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開催日時:(津波伝承 女川復幸男) 2013年3月23日(土) 15:32スタート
女川町商店街復幸祭2013) 2013年3月24日(日) 9:40~17:00
会       場:女川町立女川第1中学校 体育館(ステージエリア)・
校庭(物販、飲食、イベントエリア)
※会場は変更となる場合もあります。
お問い合わせ:女川町商工会 電話:0225-53-3310(担当/澤谷)
公式サイト:女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~

井上リサ LISA Inoue井上リサ LISA Inoue ‏

[女川民俗講座]
【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(1)今年3/23(土)の女川町商店街復幸祭において,「津波伝承女川復幸男」という催しが行われる。これは,会場となる「女川第一中」へ向けて男たちが一斉にスタートし,一番早くゴールした者が,その年の「復幸男」として商店街の鐘を鳴らす事が出来るという行事だ。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(2)古くは兵庫県の西宮神社に伝わる「十日戎開門神事福男選び」通称「福男」と同様に,その年の「福」の象徴となる男を決める年中行事である。そしてこの年中行事は,今年が第1回目となる。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(3)今年,記念すべき第1回目を迎える年中行事「津波伝承女川復幸男」は,今般の東日本大震災の教訓を後世に伝える役目も持っている。この年中行事を100年続ければ,それは貞観,慶長大津波伝承と同じく集落の民俗伝承として残っていく。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(4)女川町には数多くの津波伝承が残っている。最も古いものでは869年の貞観大津波伝承。近代のものでは昭和三陸津波である。震災前には町内各所に「地震が来たら津浪の用心」という碑文も建っていた。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(5)女川の津波伝承が最も明瞭に残るのが町から外れた場所にある塚浜集落である。この集落にある五十鈴神社は山道を登った高所にあり,今般の大津波でも流されていない。そして,塚浜集落の突端に立地しているのが,同じく大津波伝承を携えた女川発電所である。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(6)津波伝承とは,文書として残る場合,常民の口承により残る場合,また無形文化財として残る場合など様々である。女川発電所の場合は,その設計構造と哲学に,貞観,慶長の大津波伝承を携えている。これは,この建物の設計思想を作った平井弥之助によるものだ。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(7)慶長大津波伝承の言い伝えが残る岩沼出身の平井弥之助は,千貫神社の津波伝承を知っていた。この事が,特に大津波を意識した女川発電所を誕生させたのは言うまでもない。それは,「津波は神社と同じ高さの発電所を超えない」という集落の口承に繋がっている。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(8)3/23(土)に復幸祭の前夜祭として開催される年中行事「津波伝承女川復幸男」は,この様に町内に様々な形で残る津波伝承の教訓を後世に伝えるための行事でもある。

どんな伝承でも必ず「始まり」があります。古文書を紐解くと,それが飢饉や災害や疫病発生だったりします。伝統行事にしたいですね。 3/24の「女川町商店街復幸祭」の歴史を遡ると,その前身である「おながわ復幸市」は,なんと震災の2か月後の2011年5月4日に開催しているんですよね。今振り返るとこれは凄い事だ。商店街も正念場の年を迎えるので,盛況に祭りが盛り上がる事を祈ってます!
LISA Inoue