被災地(女川)に行って感じたこと

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3月27日、地震と津波から16日目にしてやっと被災地、「石巻・女川・雄勝」に行ってきた。そして、本日29日妻の両親を連れて帰って来た。私の母も連れて帰って来ようと思っていたが、病床に付く妹の病状を気遣い、まだ離れたくないと言うことだった。
被災地は、想像を絶する惨状で、言葉にいい尽くせない状態だった。町や村がそっくり無い状態だ。更に気になったのが、町を車で走っていると、車道と海の水面が、ほぼ一緒と言う感じだった。今回の地震でプレートがずれて沿岸が約80cm沈下したらしい。復興には構造物を単に再建するだけでは無く、桟橋や土地の造成が必要であり、莫大な費用と時間が必要になるだろうと思った。
私の家族はそれぞれ、兄弟や親戚の家に避難しているのでまだ々良い方である。しかし、避難所に避難している方のご苦労はその苦痛に耐がたい状況である。一日も一刻も早く国の救援が必要だ。被災して既に二週間ほど経ち、被災者の中には親や兄弟を亡くした方、未だにその安否が分からない方々も多いことでしょう。こういった被災者が肉体的にも精神的にも追い詰められ、二次災害を起こしかねない状況にあるのが今の被災地の現状だ。青い空と瓦礫の山があまりにも対照的で、何事も無かったかのような青い空がとても印象的だった。自然の力は恐ろしい。

被災した実家

震災後、妻と私は双方の両親と兄弟の安否確認をあらゆる手段を使って行ったが、全く音信不通であった。最終的には、Webサイトを立ち上げ、 「Twitter]と「Google Person Finder」を連携して3月17日にやっと双方の家族が全員無事らしいという情報を得た。しかし、その時点でも、直接連絡がとれているわけではないの で、半信半疑だった。とにかく物資を届けなければと生活用品を買い、いつでも被災地に行けるよう準備しているところだった。しかし、被災地はインフラが整 備されていないようで、こちらから行ったとしても帰りのガソリンが確保できないような状態だったので、一度は断念し、3月27日の帰省となった。

実家は大掛かりなリフォームを開始する直前で、一人家にいた姪はその大工さんのお陰で、二階の屋根まで避難し、九死に一生を得た。大工さんによれば、リ フォームは続行可能と言うことだそうですが、兄は建替えを計画。しかし、行政から許可が出るか未だ分からないそうです。津波は二階の屋根まで到達し、漂流 物で破損している!恐ろしい。