女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~

今年も女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~が開催される。
2011年3月11日の大津波から二ヶ月後の2011年5月4日、女川高校グラウンドに於いて「おながわ復幸市」を皮切りとして、第一回目の「女川町商店街復幸祭2012」が2012年3月18日(日) に開催された。今年は二回目とあり内容も更に充実して来た。
女川の復興に賭ける関係者の皆さんの心意気が伝わってくる。
※今年は「津波伝承 女川復幸男」と言うユニークなイベントも企画されている。これも100年続けば貞観・慶長の大津波伝承と同じく、集落の民俗伝承となって語りつがれるイベントなり、記念すべき第一回目の「津波伝承 女川復幸男」が誕生する。
詳細:公式サイト・女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~
※写真をクリックで拡大出来ます。

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開催日時:(津波伝承 女川復幸男) 2013年3月23日(土) 15:32スタート
女川町商店街復幸祭2013) 2013年3月24日(日) 9:40~17:00
会       場:女川町立女川第1中学校 体育館(ステージエリア)・
校庭(物販、飲食、イベントエリア)
※会場は変更となる場合もあります。
お問い合わせ:女川町商工会 電話:0225-53-3310(担当/澤谷)
公式サイト:女川町商店街復幸祭2013~希望の鐘を鳴らそう~

井上リサ LISA Inoue井上リサ LISA Inoue ‏

[女川民俗講座]
【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(1)今年3/23(土)の女川町商店街復幸祭において,「津波伝承女川復幸男」という催しが行われる。これは,会場となる「女川第一中」へ向けて男たちが一斉にスタートし,一番早くゴールした者が,その年の「復幸男」として商店街の鐘を鳴らす事が出来るという行事だ。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(2)古くは兵庫県の西宮神社に伝わる「十日戎開門神事福男選び」通称「福男」と同様に,その年の「福」の象徴となる男を決める年中行事である。そしてこの年中行事は,今年が第1回目となる。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(3)今年,記念すべき第1回目を迎える年中行事「津波伝承女川復幸男」は,今般の東日本大震災の教訓を後世に伝える役目も持っている。この年中行事を100年続ければ,それは貞観,慶長大津波伝承と同じく集落の民俗伝承として残っていく。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(4)女川町には数多くの津波伝承が残っている。最も古いものでは869年の貞観大津波伝承。近代のものでは昭和三陸津波である。震災前には町内各所に「地震が来たら津浪の用心」という碑文も建っていた。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(5)女川の津波伝承が最も明瞭に残るのが町から外れた場所にある塚浜集落である。この集落にある五十鈴神社は山道を登った高所にあり,今般の大津波でも流されていない。そして,塚浜集落の突端に立地しているのが,同じく大津波伝承を携えた女川発電所である。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(6)津波伝承とは,文書として残る場合,常民の口承により残る場合,また無形文化財として残る場合など様々である。女川発電所の場合は,その設計構造と哲学に,貞観,慶長の大津波伝承を携えている。これは,この建物の設計思想を作った平井弥之助によるものだ。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(7)慶長大津波伝承の言い伝えが残る岩沼出身の平井弥之助は,千貫神社の津波伝承を知っていた。この事が,特に大津波を意識した女川発電所を誕生させたのは言うまでもない。それは,「津波は神社と同じ高さの発電所を超えない」という集落の口承に繋がっている。

【女川の民俗】津波伝承女川復幸男(8)3/23(土)に復幸祭の前夜祭として開催される年中行事「津波伝承女川復幸男」は,この様に町内に様々な形で残る津波伝承の教訓を後世に伝えるための行事でもある。

どんな伝承でも必ず「始まり」があります。古文書を紐解くと,それが飢饉や災害や疫病発生だったりします。伝統行事にしたいですね。 3/24の「女川町商店街復幸祭」の歴史を遡ると,その前身である「おながわ復幸市」は,なんと震災の2か月後の2011年5月4日に開催しているんですよね。今振り返るとこれは凄い事だ。商店街も正念場の年を迎えるので,盛況に祭りが盛り上がる事を祈ってます!
LISA Inoue

「たげな新聞」秋号+特別版 第三号発行!

お待たせしました「たげな新聞」2012年9月秋号 第三号 発行!!
たげな(※女川町竹浦(たけのうら))の歩みと今がわかる、たげな新聞。
小さな浜の小さな歩み…。たげなもがんばってっちゃ~。
今回は特別版もあります!
※写真をクリックすると少し見易くなります。オリジナル版は.pdfを活用下さい。
情報提供:suzuki masakosuzuki masako    9月・秋号.pdf  9月・特別版.pdf
No.1
tagena_9_1No.2
tagena_9_2

特別版No.1
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編集後記:津波で家も仕事も家族も奪われ、心身ともに疲れ果てている中で更に集団移転という重要な問題を抱え、益々地域住民が一つになって丁寧に議論し、山積みされた問題を解決していくことが重要だと感じました。
特別版は地域住民が力を合わせ復興に取り組む様子と回復して行く綺麗な海の様子や生物などの写真がとても素晴らしいと思いました。

女川町の竹ノ浦(たけのうら)の「たげな新聞・夏号」

女川町の竹ノ浦(たけのうら)の「たげな新聞・夏号」ついに発行!
今回も期待以上の記事、満載~。
復興は進んでいないと耳にしますが「たげなのすたずは頑張ってっと!
銀鮭も水揚げ開始。お祭りと絆、深い歴史が刻まれた「たげな新聞」をよろしくお願いします。
情報提供:suzuki masakosuzuki masako        オリジナル版.pdf
No.1
No.2


[編集後記]:養殖業(銀鮭・ホタテ等々)の再開を始め、年中行事の獅子舞やお祭りの復活など竹浦の皆さんの結束力には脱帽です。他の浜の皆さんにも力強い影響を与えていると思います。
竹浦に石碑があるはとは知りませんでした。

「女川 佐々木写真館」 鈴木麻弓著 発売開始


鈴木麻弓著 「女川 佐々木写真館」写文集が3月11日発売開始されました。
昨年の「東日本大震災」からちょうど一年、佐々木厚さんの一周忌でもある。
初版本とあって 自己紹介や経歴など詳しく語られていたように思う。また、遠く離れた嫁ぎ先の神奈川から父母の安否を気遣いながらの撮影は困難を極めたでしょう。
そして更に、献身的に支えたご主人と協力しての作品に感動した。佐々木厚さんのとても貴重で重厚な遺作も見応えがあった。第二弾が楽しみだ!
~印象に残った言葉~「子供は希望しか知らない。悲しいとか辛いを口にするのは大人であり、大人が悲しい顔をすれば子供も悲しくなる。だけど励まし合ったり、褒めてあげたり、明るい未来の方へ導いてあげると子供はその方向へまっすぐに進むのだ。子供たちに夢や希望を与えるのは、私たち大人の役目であり、この震災からの復興は私たちの心がけ次第ということになろう。もちろん難しい課題も山積みではあるが、いつも笑顔で子供たちに接していきたいと思う。」~本書より~
この言葉は佐々木厚さんを彷彿させる!彼はまさにこんな方だった。いつも笑顔で私達を見守っていてくれた。今でもあの笑顔が懐かしい。この本が被災地・女川復興の一助となることを切に願わずにはいられない。
MAYUMI-SUZUKI   鈴木麻弓Webサイト

女川町漁業共同組合に漁船の支援

女川町漁業共同組合は救世軍と言うキリスト系支援団体より漁船の支援を受けた。
12月25日、塚浜にて贈呈式が行われ、翌26日には指ヶ浜にも同様の作業船が贈呈された。復興に向けて奮闘している漁民にとって最高のクリスマスプレゼントであろう!
贈呈された船は、1.7t 全長28フィート(約8.5メートル)10人乗り、作業船。2012年3月までに、全部で30隻が同漁協に贈られる。YAMAHA 30psの船外機付き。救世軍

12月26日、指ヶ浜漁港にて
12月26日、指ヶ浜漁港にて

女川の子どもの像をとりまく復興の厳しさ

【女川の子どもの像のななめ下に時計が・・・】どてにがれきがあって、流されてきた時計がガラスが割れて横たわっています。ツイッターで聞いてはいましたが、止まったその時間がまさに・・・本当なんですね。
【女川の子どもの像をとりまく復興の厳しさ】そこにきっと豊かな町があったのですね。
今は何もないけど、必ず復興するこの町をこどもの像が見守っています。
【女川の被害のひどい地でみつけた子どもの像】車をとめて見入ってしまいました。
男の子が空に向かって指をさす様が復興の姿にかぶったためです。写真はこれ・・・
【女川の海岸にて】海水面から岸壁の上までは結構な高さが存在するのでしょうが、いっしょの高さになっていました。サンダルで水の上を歩いている感じ・・。
かもめが飛んできました。



 記事・写真:@tadagonpapa

東京新丸ビルに女川第一中学校生の絵

東京新丸ビル地下に女川第一学校生徒の短冊と一緒に掲載された絵です。
女川一中生徒の短冊は壮絶な体験をした子供たちの短冊として、涙せずにその場には居られないほどの作品でした。
「天国と、地獄の境目は何処ですか」

鈴木里衣菜さんの描いた「女川の大切な海」